「ニャーン…ニャニャッ!」
朝の七時。窓から差し込む柔らかな光よりも先に、私、小鳥遊(たかなし) 紡(つむぎ)、三十五歳の日常は、この小さな抗議の声から始まる。
声の主は、もちろん我が家の女王様、三毛猫の「ラテ」。彼女の朝ごはんの催促は、どんな目覚まし時計よりも正確で、そして、ちょっぴり強引だ。
「はいはい、おはよう、ラテ。今、用意するからちょっと待ってね」
寝ぼけ眼をこすりながらベッドから抜け出すと、ラテは私の足元にスリスリとお得意の挨拶。
そのシルクのような毛並みが素肌に触れるたび、胸の奥がきゅんと温かくなる。ああ、今日もこの温もりから一日が始まるのね、なんて幸せなのかしら。
私は小さなアトリエ兼自宅で、オーダーメイドの洋服を作る仕事をしている。
一人暮らしには少し広いこの部屋も、ラテが来てからは、彼女の遊び場であり、日向ぼっこの特等席であり、そして私のインスピレーションを刺激してくれる大切な空間になった。
カリカリと音を立ててご飯を食べるラテを横目に、私はコーヒーを淹れる。香ばしい匂いが部屋に満ちていく。
これも、ラテとの暮らしが生んだ、ささやかな朝の儀式。
以前は時間に追われてパンをかじるだけだった朝食も、ラテが来てからは、こうしてゆっくりと味わうようになった。彼女の穏やかな存在が、私の日常に「余白」という名の豊かさをくれたのかもしれない。
仕事に取り掛かると、ラテは決まって私の足元、お気に入りのクッションの上で丸くなる。
時々、私がデザイン画に行き詰まっていると、のそりと起き上がり、キーボードの上にどっかりと座り込んだり、図面の上に可愛らしい肉球スタンプを押してくれたりもする。
それはもう、「ちょっと休憩したらどう?」なんて、言葉にならない励ましだと勝手に解釈している。
「ありがとう、ラテ。あなたのその存在が、何よりの応援よ」
そう囁きかけると、ラテは「フニャン」と短く鳴いて、また私の足元でコテンと眠りにつく。
その寝顔の無防備なこと! 時には前足をピーンと伸ばして万歳していたり、時にはお腹を丸出しにして「ご自由にどうぞ」なんて大胆なポーズをしていたり。
その度に、私は思わずくすりと笑ってしまう。特別な事件なんて何もないけれど、ラテが見せてくれる一つ一つの仕草が、私の日常に小さな笑いと彩りを与えてくれるのだ。
ある日の午後、それは珍しく納期が迫った大きな仕事に追われていた時のこと。
集中力が途切れ、焦りと不安で押しつぶされそうになっていた私に、ラテがそっと近づいてきた。そして、いつもはあまり見せない行動に出たの。私の膝に前足をちょこんと乗せ、じっと私の目を見つめてきたのだ。
その深いアンバーの瞳は、まるで「大丈夫よ、あなたならできるわ」と語りかけているようだった。
「…ラテ、あなた、もしかして私の気持ち、分かってるの?」
もちろん、返事はない。けれど、その温かな眼差しと、ゴロゴロと喉を鳴らす音は、どんな慰めの言葉よりも私の心を解きほぐしてくれた。
私はラテの頭をそっと撫で、深呼吸をする。「よし、もう少し頑張ってみようかな」。不思議と、さっきまでの焦りが嘘のように消えていくのを感じた。
言葉は通じないけれど、いや、言葉がないからこそ、こんなにも深く心が通じ合えるのかもしれない。
夕食の準備をしていると、キッチンとリビングを繋ぐカウンターの上から、ラテがじっと私を見守っている。
彼女の視線を感じながら料理をするのは、なんだか秘密のレシピを共有しているようで、ちょっとワクワクする。
「今日のメニューは、ラテも好きなカツオのたたきよ。もちろん、ラテ用には味付けなしの特別バージョンね」
食事が終わると、ソファで一緒にくつろぐのが日課だ。
私が読書を始めると、ラテはさりげなく私の隣に陣取り、時には私の腕を枕にしてウトウトし始める。
その重みと温もりが、なんとも言えない安心感を与えてくれる。
ページをめくる音と、ラテの規則正しい寝息だけが響く静かな夜。これ以上の贅沢があるかしら、と本気で思う。
眠りにつく時間になると、ラテは当たり前のように私の布団の中に潜り込んでくる。
最初は足元で丸まっていたはずなのに、いつの間にか私の腕の中、ちょうど心臓の音が聞こえる位置でスヤスヤと眠っているのだ。
その小さな心臓の鼓動を感じながら眠りにつく夜は、どんな高級ホテルよりも心地よい。
特別な記念日でもない、なんでもない毎日。
でも、ラテがいるだけで、その「なんでもない日」が、かけがえのない宝物のように輝き出す。
朝の「ニャー」という目覚まし、日向ぼっこする優雅な姿、時々見せる変な格好での寝相、そして、安心しきったように喉を鳴らすゴロゴロという音…。そのすべてが、私の日常を豊かに彩り、生きる力を与えてくれる。
「ねぇ、ラテ。私の秘密、きっとあなたには全部お見通しなんでしょうね」
ラテは私の言葉に、まるで「当然でしょ?」とでも言うように、小さくアクビをして、また私の腕の中で眠りについた。
この小さな毛むくじゃらの同居人は、言葉こそ話さないけれど、私の喜びも、悲しみも、そして誰にも言えない心の奥底の秘密さえも、静かに受け止め、寄り添ってくれる。
猫がいる暮らしは、当たり前のようにそこにあるけれど、それは決して当たり前ではない、奇跡のような愛おしい瞬間の連続なのだ。
明日もまた、ラテの「ニャー」という声で一日が始まる。
それでいい。それがいい。この、なんでもない日の宝物を、これからも一つ一つ、大切に拾い集めていこう。
そう、この温かくて、少し気まぐれなミューズ猫と一緒に。
via IFTTT
#保護猫活動 #保護猫 #保護猫多頭飼い #地域猫活動 #猫写真 #猫びより #ねこ写真 #ねこ好きさんと繋がりたい #ネコ写真 #ネコ部 #catsagram #catlovers