まさかの出会い、ふたつめのぬくもり

「ただいま、お嬢」
マンションのドアを開けると、足元にふわりと銀色の毛玉がすり寄ってきた。我が家の女王様、ロシアンブルーのルナだ。今年で5歳になる彼女は、その美しいプラチナブロンドの毛並みとエメラルドグリーンの瞳で、私を毎日出迎えてくれる。この瞬間が、日々の仕事の疲れを溶かしてくれる魔法のようだ、と私はいつも思う。
「今日もいい子にしてた? ご飯にしようね」
ルナは「にゃーん」と短く鳴いて、キッチンへと私を先導する。その姿はまるで、小さなバレリーナ。優雅で、気まぐれで、そして何よりも愛おしい。この穏やかで満ち足りた日常が、永遠に続くのだと、つい数日前までは信じて疑わなかった。
そう、あの日、獣医さんの待合室で、あの小さな茶トラの子猫に出会うまでは。
「…というわけで、うちで一時的に預かることになったの。名前は、太陽みたいに明るい子になるようにって願いを込めて、『ソレイユ』」
親友の獣医、ミカが差し出したキャリーケースの中には、手のひらに乗ってしまいそうなほど小さな子猫がいた。まだ生まれて数ヶ月だろうか。くりくりとした大きなアーモンド色の瞳で、不安そうにこちらを見上げている。数日前、ずぶ濡れで駐車場の隅で鳴いているところを保護されたのだという。
「一時的、よね?」
私の問いかけに、ミカは「もちろん!」と力強く頷いたけれど、その目はどこか泳いでいた。長年の付き合いだ、彼女が何かを企んでいる(もとい、良かれと思って行動している)時の顔はすぐにわかる。
「この子、人懐っこくて本当に可愛いのよ。それに、あなた、そろそろルナにも妹か弟がいてもいいんじゃないかって、前に話してたじゃない?」
確かに、そんなことを言ったかもしれない。ルナが遊び相手もいなくて退屈しているように見える時があったから。でも、それはあくまで願望というか、夢物語のようなものだった。現実はそう簡単ではない。先住猫と新入り猫の関係は、時に複雑でデリケートなのだ。
「でも、ルナは…」
私の言葉尻を捉えるように、ミカは畳み掛けた。
「大丈夫! あなたならきっと上手くやれるわ。それに、こんな可愛い子、放っておけないでしょう?」
ミカの腕の中で、ソレイユはか細い声で「みゃう」と鳴いた。その小さな命の輝きに、私の心はぐらりと揺れた。ああ、これはもう、断れない流れだ。
かくして、我が家に二匹目の猫、ソレイユがやってくることになった。それは、私の平穏な日常が、ちょっぴりカオスで、でもとびきり愛おしい日々へと変わる序章だった。
開戦!シャーシャーパニックと女王様の憂鬱

ソレイユを連れて帰宅すると、まずケージを用意し、リビングの一角に設置した。いきなりルナと対面させるのは危険だ。まずはケージ越しに、お互いの存在に慣れてもらう必要がある。
「ルナ、新しいお友達よ。ソレイユっていうの」
ケージの中のソレイユに気づいた瞬間、ルナの空気が変わった。それまでの甘えた声はどこへやら、喉の奥から「ウゥーッ」という低い唸り声が漏れ、全身の毛が逆立っている。そして、ソレイユがケージの中で少しでも動こうものなら、「シャーッ!」と鋭い威嚇の声を上げた。
(やっぱり、こうなるか…)
予想はしていたものの、実際に目の当たりにすると心が痛む。ルナのプライドの高い性格を考えれば、自分のテリトリーに見知らぬ猫が入ってきたことは、許しがたいことなのだろう。
一方のソレイユは、ルナの剣幕に怯えてケージの隅で固まっていた。その姿はあまりにも健気で、思わず抱きしめて守ってあげたくなる。
それからの数日間は、まさに仁義なき戦い、いや、一方的なルナの威嚇と、ソレイユの怯えの日々だった。私はというと、ルナのご機嫌を取りつつ、ソレイユにも愛情を注ぐという、綱渡りのような毎日。まるで、二人の恋人の間で板挟みになっているような気分だ(恋人なんて、もう何年もいないけれど!)。
食事の場所は離し、トイレも別々に。ルナが使っている毛布の匂いをソレイユのケージに、ソレイユの匂いがついたタオルをルナの寝床に、と匂い交換も試みたけれど、ルナはタオルに鼻を近づけるなり、「フンッ!」とそっぽを向いてしまう。
一番堪えたのは、ルナのやきもちだった。私がソレイユのケージの前で世話をしていると、どこからともなく現れて、私の足にまとわりつき、「私だけを見て!」と言わんばかりに鳴き続けるのだ。そして、私がソレイユに優しく声をかけると、わざと大きな音を立てて部屋を出て行ったり、お気に入りの爪とぎをバリバリと派手に研いだり。その姿は、まるで拗ねた小さな女の子のようで、胸が締め付けられた。
(ごめんね、ルナ。あなたのことを一番愛している気持ちは変わらないよ)
心の中で何度そう呟いただろう。言葉が通じない相手だからこそ、行動で示すしかない。私はこれまで以上にルナを優先し、たくさん撫で、たくさん話しかけた。ソレイユの世話は、ルナが寝ている隙を見計らって行うこともあった。
そんなある夜、仕事から帰ると、ルナが私の膝の上から離れようとしなかった。ゴロゴロと喉を鳴らし、私の顔を見上げては「にゃうん」と甘える。まるで、「もうあの子がいなくなればいいのに」とでも言っているかのようだ。
(多頭飼いって、こんなに大変だったんだ…)
可愛い猫たちに囲まれる夢のような生活を想像していたけれど、現実は甘くなかった。猫の世界にも、厳しい縄張り意識や序列があるのだと思い知らされる。それでも、私は諦めたくなかった。ルナにも、ソレイユにも、幸せになってほしい。この家が、二匹にとって安心して暮らせる場所になるように、私にできることは何でもしよう。そう固く心に誓った。
雪解けのきざし? 小さな一歩と大きな希望

戦々恐々の日々が二週間ほど過ぎた頃だろうか。ほんの少しだけ、変化の兆しが見え始めた。
相変わらずルナはソレイユに対して警戒心を解いてはいなかったけれど、ケージの前を通り過ぎる時の威嚇の回数が減ったのだ。以前なら、ソレイユの姿が視界に入るだけで「シャー!」だったのに、今はちらりと一瞥するだけで通り過ぎることもある。
(もしかして、少しは慣れてくれたのかな?)
淡い期待を抱きつつ、私は次のステップに進むことにした。ケージの扉を少しだけ開けて、ソレイユがリビングに出てこられるようにしてみたのだ。もちろん、ルナの様子を注意深く観察しながら。
最初にケージから出てきたソレイユは、おそるおそる、といった感じで床の匂いを嗅ぎながら数歩進んだ。その時、ソファの上で香箱座りをしていたルナが、ピクリと耳を動かした。緊張が走る。
「ルナ、大丈夫よ。ソレイユは怖くないからね」
私が優しく声をかけると、ルナはソレイユから目を逸らし、ふいっと顔を背けた。威嚇はしない。でも、明らかに不機嫌そうだ。ソレイユはそんなルナの様子を敏感に察知したのか、すぐにケージの中へと戻ってしまった。
(焦りは禁物、か)
それでも、これは大きな進歩だ。少なくとも、流血沙汰にはならなかったのだから。
それから数日、同じように短い時間だけソレイユをケージから出す練習を繰り返した。ルナは相変わらずソレイユを無視したり、時折「ウーッ」と唸ったりはするものの、あからさまな攻撃はしなくなった。ソレイユも少しずつリビングの探検範囲を広げ、私の足元で遊んだり、窓辺で日向ぼっこをしたりするようになった。
ある日の午後、私はリビングで読書をしていた。ルナは私の膝の上でうとうとし、ソレイユは少し離れた場所で猫じゃらしと格闘している。穏やかな時間が流れていた、その時。
ソレイユが遊んでいた猫じゃらしが、コロコロと転がってルナの足元へ。あっ、と思った瞬間、ソレイユがためらいもなく猫じゃらしを追いかけて、ルナのすぐそばまで近づいてしまったのだ。
(まずい!)
身構えた私をよそに、ルナは薄目を開けてソレイユを一瞥しただけだった。そして、なんと、前足でちょい、と猫じゃらしをソレイユの方へ押し返したのだ!
それは本当に些細な、偶然の行動だったのかもしれない。でも、私には、ルナがソレイユの存在をほんの少しだけ認めたように見えた。
ソレイユはキョトンとした顔でルナを見つめ、それからまた猫じゃらしに飛びついた。ルナは小さくため息をついたように見えたが、それ以上は何もしなかった。
その光景を見て、私の胸に温かいものが込み上げてきた。まるで、分厚い氷が少しずつ溶け始めているような、そんな感覚。この二匹が、本当の意味で家族になれる日が来るかもしれない。そんな希望が、キラキラと輝き始めた瞬間だった。
ふたつのタマシイ、ひとつの日だまり

ルナの「猫じゃらしパス事件」以来、二匹の関係はゆっくりと、でも確実に変化していった。
相変わらずルナがソレイユにべったりと甘えることはないし、ソレイユもルナに対してはどこか遠慮しているような素振りを見せる。でも、以前のような険悪な雰囲気はすっかり消え失せていた。
今では、同じ部屋で過ごすことが当たり前になった。ルナがキャットタワーのてっぺんで優雅に毛づくろいをしていれば、ソレイユはその下段で丸くなって眠っている。私がソファでくつろいでいると、右隣にはルナ、左隣にはソレイユ、なんていう贅沢な状況も珍しくない。
もちろん、時々は小さな小競り合いもある。ソレイユがお気に入りのルナの寝床に潜り込もうとして「シャー!」と一喝されたり、ルナが食べているご飯をソレイユが横取りしようとして、軽く猫パンチを食らったり。でも、それは本気の喧嘩ではなく、じゃれ合いの延長線上にあるような、微笑ましいものだった。
「ねえルナ、ソレイユのこと、少しは認めてくれたの?」
ある晴れた日の午後、窓辺で仲良く(?)並んで日向ぼっこをしている二匹に話しかけた。ルナは私の言葉がわかったのかどうか、大きなあくびをひとつして、隣でウトウトしているソレイユの頭に、そっと自分の頭をこすりつけた。
それは、猫が親愛の情を示す行動。
「ソレイユ、よかったね」
ソレイユは気持ちよさそうに喉をゴロゴロと鳴らしている。その小さな体全体で、幸せを表現しているようだった。
まさか我が家が多頭飼いになるなんて、数ヶ月前には想像もしていなかった。最初は不安と心配でいっぱいだったけれど、今は二匹の猫がもたらしてくれる温かさと賑やかさが、私の日常を彩ってくれている。
ルナは相変わらず我が家の女王様だけれど、ソレイユという妹分(?)ができたことで、どこかお姉さんのような落ち着きも出てきた気がする。ソレイユは、天真爛漫な明るさでルナの心を少しずつ溶かし、私には無邪気な癒やしを与えてくれる。
完璧なハッピーエンドとは少し違うかもしれない。二匹が毎晩寄り添って眠ったり、お互いを舐め合ったりするような、絵に描いたような仲良しさんではない。でも、そこには確かな絆と、お互いを認め合う「リアルな共存」の形がある。つかず離れず、でも確実にお互いを意識し、時には支え合っている。そんな二匹の関係性が、私はたまらなく愛おしい。
リビングの窓から差し込む柔らかな日差しの中で、銀色の毛並みと茶トラの毛並みが、穏やかに揺れている。その光景を眺めながら、私は思う。
人生、何が起こるかわからない。でも、思いがけない出会いが、こんなにも豊かな時間を与えてくれることもあるのだと。
「ルナ、ソレイユ、うちに来てくれてありがとうね」
私の小さな声は、二匹の寝息に優しく吸い込まれていった。これからもきっと、色々なことがあるだろう。でも、この二つの小さなタマシイがそばにいてくれるなら、どんなことも乗り越えていける。そんな確信に満ちた、穏やかな午後だった。
これからも、我が家のニャンとカオスな協奏曲は、きっと賑やかに続いていくのだろう。そしてそれは、間違いなく、最高に幸せな音楽だ。
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