【うちの猫がお見合い相手を最終面接】恋の合否は、もふもふ審査官におまかせ!

運命の出会いと、最重要審査官

【うちの猫がお見合い相手を最終面接】恋の合否は、もふもふ審査官におまかせ!

「美咲、またそんな画面とにらめっこして。いい加減、リアルに目を向けたらどう?」

スマホの画面に映る、友人・沙織からの辛辣なメッセージに、私は思わず「むー」と頬を膨らませた。

リアルに目を向けていないわけじゃない。むしろ、真剣すぎるくらいだ。

画面に表示されているのは、最近流行りのマッチングアプリ。

にこやかに微笑む男性たちのプロフィール写真が、スワイプするたびに流れていく。

「だって沙織、そう簡単にはいかないのよ」

独りごちて、私は腕の中にいる温かな毛玉に顔をうずめた。スコティッシュフォールドの「大福」。

クリーム色のふわふわな毛並みと、まん丸な瞳が自慢の、我が家の絶対的王者であり、私の最愛の家族だ。

今年で32歳。Webデザイナーとして独立し、仕事は順調。

この都心の小さなマンションで、大福との二人暮らしは、気楽で、満ち足りていた。

でも、ふとした瞬間に訪れる、言いようのない寂しさ。

沙織のように、心を許せるパートナーが隣にいたら、なんて夢想することもある。

けれど、私にとってパートナー選びには、避けては通れない、最高の難関が存在する。

それは――「うちの大福と、仲良くなれるか」。

これまでにだって、出会いはいくつかあった。友人の紹介で会った爽やかな営業マン。

趣味のカメラサークルで知り合った年下の男性。

アプリでマッチングした、公務員の堅実そうな人。

最初はいい感じに進むのだ。

食事に行き、映画を観て、お互いのことを少しずつ知っていく。でも、いつも最後の壁にぶち当たる。

「私、猫を飼ってるんだ」

そう打ち明けた瞬間の、相手の反応。

それが全ての答えだった。

「へえ、猫かあ。俺、どっちかっていうと犬派なんだよね」

「動物アレルギーでさ、ちょっと厳しいかも」

「鳴き声とか、うるさくない?」

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その言葉を聞くたびに、私の心は急速に冷えていく。

違う、そうじゃない。

私が聞きたいのは、そんなことじゃないのに。

大福はただのペットじゃない。

私の日々の喜怒哀楽をすべて受け止め、落ち込んだ夜にはそっと寄り添い、温もりをくれるかけがえのない家族なのだ。

その存在を軽んじられたり、迷惑そうにされたりするくらいなら、一人でいる方がずっといい。

「ねえ、大福。次の人は、大福のことを好きになってくれる人じゃなきゃダメだよねぇ」

腕の中の大福は、「にゃーん」と可愛く返事をして、私の顎にすりっと頭をこすりつけてきた。

そのシルクのような毛の感触に、私は「そうよねぇ」と深く頷く。

そう、これが私の譲れない条件。

学歴も、年収も、身長も、二の次、三の次。最重要項目は、ただ一つ。

――うちの猫(こ)と、心から仲良くなれる人。

そんな壮大な(?)決意を胸に、私は再びスマホの画面に目を落とす。

すると、沙織から新たなメッセージが届いていた。

『今度、私の会社の同僚紹介するよ! すっごく良い人だから!』

またか、と思いながらも、律儀に添付された写真を開いて、私は少しだけ目を見張った。

そこに写っていたのは、くしゃっとした人懐っこい笑顔が印象的な、優しそうな男性だった。

猫フィルター越しの、淡い期待

紹介された男性の名前は、高橋健太さん。

年は一つ上の33歳。写真の印象通り、実際に会った彼は、清潔感のある爽やかな人で、何より話しやすかった。

「初めまして、高橋です。沙織さんから、いつもお話は伺っています」

「は、初めまして、佐藤美咲です。こちらこそ…」

休日の昼下がり、駅前のカフェ。

緊張でカチコチになる私を前に、健太さんはふわりと笑って場の空気を和ませてくれた。

「美咲さんって、Webデザイナーなんですよね。すごいなあ。俺、そういうクリエイティブな仕事、尊敬します」

彼の言葉には、お世辞や社交辞令ではない、素直な響きがあった。

仕事のこと、趣味の映画のこと、好きな音楽のこと。

話せば話すほど、健太さんの誠実で穏やかな人柄が伝わってきて、私の心は少しずつ解きほぐされていく。

(この人、いいかも…)

淡い期待が、胸の内で芽生え始めていた。

でも、同時に、あの「最終面接」のことが頭をよぎる。一番大事なことを、まだ伝えていない。

二度目のデートは、水族館だった。

大きな水槽の前で、ゆったりと泳ぐジンベイザメを見上げながら、健太さんがぽつりと言った。

「生き物って、見てるだけで癒されるなあ」

(今だ…!)

私は深呼吸を一つして、意を決した。

「あの、健太さん。私、家で猫を飼ってるんです」

一瞬、健太さんの動きが止まった気がした。

来た、この瞬間が。心臓がドキドキと音を立てる。

どうか、がっかりした顔をしないで。

私の不安をよそに、健太さんはぱっと顔を輝かせた。

「え、本当!? 猫、いいなあ! どんな子?」

予想外の反応に、私は目をぱちくりさせる。

「え、あ、スコティッシュフォールドの、クリーム色の男の子で…」

「へえー! 可愛いだろうなあ。見てみたいな。名前はなんて言うの?」

前のめりで聞いてくる健太さんに、私は拍子抜けしながらも、嬉しさがこみ上げてくるのを感じた。

「大福って言います。お餅みたいに白くてまん丸だから」

「大福くん! ははっ、いい名前だ。今度、ぜひ会わせてよ」

その笑顔に、嘘はなさそうだった。

第一関門は、思わぬ形で軽々とクリアしてしまった。

それからのデートは、毎回のように大福の話題になった。

私がスマホで大福の写真を見せると、健太さんは「うわ、可愛い!」と目を細め、私が大福の面白エピソードを話すと、「大福くん、賢いなあ」と笑ってくれる。

(この人なら、もしかしたら…)

期待は、確信に変わりつつあった。

そして、出会ってから一ヶ月が経った頃、健太さんが私の部屋に遊びに来ることになった。

名目は「美咲ちゃんの手料理が食べたいな」だったけれど、私にとっては紛れもない「最終面接」の日だ。

前日から、私はそわそわしっぱなしだった。

部屋を隅々まで掃除し、大福のお気に入りの爪とぎを新調し、健太さんが来ても驚かないように、言い聞かせるように大福に話しかける。

「大福、明日ね、お客さんが来るからね。すっごく優しい人だから、怖がらなくていいからね? 仲良くしてくれたら、ちゅ〜る奮発しちゃうからね?」

大福は「にゃ?」と小首を傾げるばかり。

ああ、神様、仏様、大福様。どうか、健太さんのことを気に入ってくれますように。

私の恋の行方は、すべてあなたにかかっているのですから。

史上最難関の面接と、思わぬ発見

約束の時間、インターホンが鳴った。

「はーい!」 平静を装ってドアを開けると、少し緊張した面持ちの健太さんが立っていた。

手には、可愛らしい猫用のおもちゃが入った紙袋を提げている。

「これ、大福くんにって思って。気に入ってくれるといいんだけど」

「わ、ありがとうございます! きっと喜びます」

健太さんをリビングに招き入れる。

その瞬間、さっきまで私の足元にいたはずの大福の姿が、どこにも見当たらないことに気づいた。

「あれ…大福?」

名前を呼んでも返事はない。

二人で探すと、ソファの奥の、一番暗くて狭い隙間に、まん丸な毛玉がうずくまっているのを見つけた。

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典型的な「お客さん警戒モード」だ。

「あー…ごめんなさい、極度の人見知りで…」

「そっか。急に来て、びっくりさせちゃったかな。ごめんな、大福くん」

健太さんは、無理に引きずり出そうとはせず、少し離れた場所に腰を下ろし、優しい声で語りかけた。

「初めまして、健太です。美咲さんと仲良くさせてもらってます。君のことも、大好きになる予定だから、よろしくね」

しかし、大福はソファの奥からピクリとも動かない。

健太さんがお土産の猫じゃらしをそっと差し入れても、前足で「いりません」とばかりに押し返されてしまう始末。

気まずい沈黙が流れる。

私は焦りで冷や汗が出てきた。せっかく健太さんが作ってくれたチャンスなのに。

どうして、今日に限ってこんなに頑ななの、大福…。

「ご、ごめんなさい、本当に…。いつもはこんなことないんですけど…」

「ううん、気にしないで。俺が信頼されてないだけだから。ゆっくり待つよ」

そう言って笑う健太さんの顔は、少し寂しそうに見えた。

私は「やっぱりダメなのかも…」と、胸の奥がずきりと痛んだ。

これまでの男性たちとは違う。

健太さんは、本気で大福と向き合おうとしてくれている。

それなのに、肝心の大福が、心を閉ざしてしまっている。

手料理の味も、ほとんどしなかった。

健太さんは美味しいと言ってくれたけれど、会話はどこかぎこちなく、ソファの下の小さな毛玉が、私たち二人の間に見えない壁を作っているようだった。

健太さんが帰った後、私はソファの前にへたり込んだ。 「大福のいじわる…」

涙声で呟くと、その声に反応したのか、大福がのそりとソファの下から出てきた。

そして、私の膝にぽすんと頭を乗せて、ゴロゴロと喉を鳴らし始める。

まるで、「お疲れ様」とでも言うように。

「なぐさめてくれるの…? あなたが原因なのに…」

矛盾した行動に、思わず苦笑いが漏れる。

その時、ふと、健太さんが座っていた場所に、見慣れないものが落ちているのに気づいた。

彼の忘れ物だろうか。手に取ると、それは健太さんのスマートフォンだった。

(あ、連絡しなきゃ)

そう思って画面をつけた瞬間、私の目はロック画面に映し出された写真に釘付けになった。

そこに写っていたのは、健太さんの笑顔と、彼の腕の中で気持ちよさそうに眠る、一匹の老犬だった。

白髪の混じった、穏やかな顔つきの柴犬。

背景には、古風な日本家屋の縁側が見える。

(犬…? 実家で飼ってるって言ってた子かな…)

その写真から伝わってくる、温かくて、愛情に満ちた空気。

健太さんが動物に向ける眼差しが、本物であることが、痛いほど伝わってきた。

彼は、ただの「猫好き」なのではない。「生き物」そのものを、心から愛せる人なのだ。

その夜、私はなかなか寝付けなかった。

健太さんにスマホを届けた時、彼は「ありがとう! この子がいないと落ち着かなくてさ」と、待ち受けの老犬を愛おしそうに撫でていた。

そして、ふと気づくと、ソファの隅に置いてあった、健太さんが忘れていったハンカチの上で、大福が丸くなって眠っていた。

健太さんの匂いを、受け入れた証拠…?

私の心に、もう一度、小さな希望の光が灯った気がした。

もふもふ審査官の最終決断

あの日以来、私たちは少しだけ距離を置いた。

気まずさからではなく、お互いに考える時間が必要だと感じたからだ。

健太さんからは、「焦らなくていいからね。大福くんのペースを大事にしたい」というメッセージが届いた。

その言葉が、私の心を温かくした。

私は、自分自身に問いかけてみた。

もし、大福が健太さんを好きになれなかったら? 私は、健太さんとの関係を諦めるのだろうか。

答えは、すぐには出なかった。

でも、健太さんと過ごした時間を思い出すたびに、胸が温かくなった。

彼の優しさ、誠実さ、そして、あの老犬を見つめる愛情深い眼差し。

猫のこととは関係なく、私はもう、健太さんに惹かれている。

「大福、私ね、健太さんのことが好きなんだと思う」

膝の上の大福に語りかける。

大福は、ただ静かに私の顔を見つめ返していた。

そして、運命の日は、唐突にやってきた。

週末、私が家で仕事をしていると、健太さんから電話があった。

「今、近くまで来てるんだけど、少しだけ会えないかな。渡したいものがあって」

部屋は散らかっていたし、私もラフな格好だったけれど、「すぐ行く」と返事をして、慌てて玄関に向かった。

ドアを開けると、そこには健太さんが立っていた。

「ごめん、急に。これ、実家から送られてきたから、お裾分け」

彼が差し出したのは、採れたての野菜が入った袋だった。

「わあ、ありがとう! よかったら、お茶だけでも…」

言ってから、はっとした。大福がいるのに。でも、もう後には引けない。

健太さんも「じゃあ、お言葉に甘えて」と微笑んだ。

リビングに入った健太さんは、ソファの下をちらりと見た。

でも、今回はそこには誰もいない。

大福は、キャットタワーのてっぺんで香箱座りをし、じっと私たちを見下ろしていた。

緊張が走る。健太さんは、何も言わずにソファに座った。

私も、彼の向かいに腰を下ろす。

その時だった。

キャットタワーから、とん、と軽やかな音を立てて大福が床に降り立った。

そして、一歩、また一歩と、迷いのない足取りで健太さんの方へ歩いていく。

私の心臓が、大きく跳ねた。

大福は、健太さんの足元まで来ると、くんくんと匂いを嗅ぎ、そして、するり、と彼の足に自分の体をこすりつけた。

「え…」

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健太さんが、驚いたように声を漏らす。

信じられない、という表情で、恐る恐る手を伸ばす。

その指先に、大福は自ら頭をぐりぐりと押し付け、そして、満足そうに喉を鳴らし始めた。

「ゴロゴロゴロ…」

その音は、部屋中に響き渡る、世界で一番優しい音楽だった。

健太さんは、信じられないという顔で私を見た。

私も、彼を見て、ただ頷くことしかできない。

気づけば、私の頬を、温かい涙が伝っていた。

「合格…」

かろうじて、それだけを口にした。

「大福の、最終面接、合格です…!」

涙でぐしゃぐしゃの私を見て、健太さんはすべてを察したように、ふっと笑った。

そして、膝の上でくつろぐ大福を優しく撫でながら、空いている方の手で、私の手をそっと握った。

「よかった。これで、君と、大福くんと、家族になれるかな」

その言葉に、私はしゃくりあげながら、何度も何度も頷いた。

窓から差し込む午後の光が、健太さんと、彼の膝の上で幸せそうに目を細める大福と、そして涙で濡れた私の頬を、優しく照らしていた。

私の恋の合否は、世界で一番厳しくて、世界で一番信頼できる、

もふもふの審査官によって、ようやく「合格」の判が押されたのだ。

この温かな光景が、私たちの未来の、最初の1ページになる。そう確信できる、幸せな午後だった。

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