猫と私の隠れ家ダイアリー ~30代独身、ミカと見つける日常のきらめき~

「ミカと私の秘密基地探訪」

ミカとの出会いと、最初の「?」

「ただいまー、ミカ」

マンションのドアを開けると、いつもならパタパタと軽い足音を立てて出迎えてくれるはずの愛猫、三毛猫のミカの姿が見えない。

私の名前は橘美咲(たちばなみさき)、34歳、独身。都内のデザイン会社で働きながら、この1LDKのマンションでミカと二人暮らしだ。

「ミカ?どこ行ったの?」

リビング、キッチン、寝室と、ひと通り声をかけて回るけれど、返事はない。

いや、猫だから返事はないのだけれど、いつもなら気配くらいは感じるものだ。

まさか、脱走?

いやいや、窓も玄関もきちんと閉まっている。

一瞬、背筋がひやりとしたが、すぐに「またか」と思い直す。ミカはかくれんぼの達人なのだ。

最初の「?」は、ミカが我が家に来て半年ほど経った頃だった。

ある日、仕事から帰ると、部屋の隅にぽつんと置かれた段ボール箱。確か、数日前に届いたミネラルウォーターの箱で、資源ゴミに出そうと畳んでおいたはずなのに、なぜか元の形に戻っている。

猫と私の隠れ家ダイアリー ~30代独身、ミカと見つける日常のきらめき~

そして、その中から、すやすやと寝息を立てるミカが出てきたのだ。

「え、ミカ、そこなの?」

思わず声が出た。もっとふかふかの猫用ベッドもあるし、日当たりの良い窓辺のクッションもお気に入りのはずなのに。

でも、ミカはその薄暗くて少し窮屈そうな箱の中が、どうやらいたくお気に召したようだった。

その日から、我が家には常にいくつかの「ミカ用段ボール」が常備されることになった。

ミカのお気に入り秘密基地遍歴

ミカの秘密基地探訪は、段ボールだけに留まらなかった。

ある時は、クローゼットの奥。普段は閉めているはずなのに、どうやって開けたのか、私の着なくなった古いセーターの山に埋もれるようにして、満足げな顔で香箱座りをしていた。

見つけた瞬間、その得意げな顔と、セーターにびっしりついた猫の毛に、思わず笑ってしまった。

「もう、ミカったら!」と言いながらも、その姿が愛おしくてたまらない。

またある時は、本棚と壁のほんのわずかな隙間。

幅10センチもないような場所に、どうやって体をねじ込んだのか。

上からそっと覗き込むと、ミカはまん丸な目で見上げてきて、「ニャン?」と小さく鳴いた。

まるで、「ここは私の特等席なの。邪魔しないで」と言いたげで、私はそっとその場を離れるしかなかった。

そこからリビング全体を見渡せるのが、彼女にとっての魅力なのかもしれない。まるで小さな監視員だ。

洗濯機の裏も、ミカのお気に入りの一つだった。

ある日、洗濯物を干そうと洗面所に行くと、洗濯機の裏からゴソゴソと音がする。

恐る恐る覗いてみると、ミカがホコリまみれになりながら、満足そうに顔を出した。

「こら!そんなところに入ったら真っ黒になっちゃうでしょ!」と慌てて抱き上げると、ミカは私の腕の中でゴロゴロと喉を鳴らした。

掃除が行き届いていない場所を発見されてしまった気恥ずかしさと、ミカの冒険心に、なんだか複雑な気持ちになったのを覚えている。

一番驚いたのは、キッチンカウンターの上に置いていた、大きめのフルーツバスケットの中だった。

その日は友人が遊びに来る予定で、朝から部屋を片付け、テーブルセッティングも終え、最後にフルーツでも飾ろうかとバスケットに手を伸ばしたら、中から「ニャア!」と元気な声。

バスケットの網目から、ミカの縞模様のしっぽがぴょこんと飛び出していたのだ。

「あなた、フルーツだったの?」と尋ねると、ミカは大きなあくびをして、また丸くなってしまった。

来客用のフルーツは、急遽別の皿に盛られたのは言うまでもない。

「なぜ、そこ?」

最初はただただ不思議だった。

もっと快適な場所はいくらでもあるのに、どうしてそんな狭くて、時には薄汚れた場所を好むのだろう。

でも、ミカのその行動を見ているうちに、だんだんと分かってきた。

そこはミカにとって、誰にも邪魔されない、安心できる「秘密基地」なのだ。

猫は狭い場所を好む習性があるとは聞くけれど、ミカの場合は特にその傾向が強いのかもしれない。

彼女なりに、家の中の安全地帯をくまなく調査し、自分だけの隠れ家リストを作っているのだろう。

そのリストは日々更新され、私はいつもミカの新たな「発見」に驚かされ、そして癒やされている。

心の隙間に寄り添う、ミカの温もり

ある日のこと。仕事で大きなミスをしてしまい、上司に厳しく叱責された。

普段は明るく振る舞うことを心がけている私も、その日ばかりはさすがに落ち込み、重たい足取りで帰宅した。

「ただいま……ミカ」

力なくドアを開けると、やはりミカの姿はない。

いつものことだと思いながらも、今日くらいは出迎えてほしい、なんて勝手なことを考えてしまう。

リビングのソファにどさりと座り込み、深いため息をついた。なんだか、無性に人肌恋しい、いや、猫肌恋しい。

「ミカ、どこー?」

か細い声で呼んでみる。

すると、いつもは返事のないミカが、どこからか「ニャオン」と優しい声で応えてくれた。

声のする方へ目を向けると、そこは意外な場所だった。

私が読みかけでソファの脇に置いていた、厚めの小説の上。ミカはちょこんとそこに座り、じっと私の顔を見つめていた。

普段のミカなら、そんな不安定な場所には近寄らないはずだ。

なのに、今日は。

そっと手を伸ばすと、ミカは私の手にすり寄ってきた。

ゴロゴロという振動が、手のひらから伝わってくる。

その温かさと、柔らかい毛の感触が、ささくれだった私の心を優しく包み込んでくれるようだった。

「ありがとう、ミカ」

涙がぽろりと頬を伝った。

ミカは何も言わないけれど、その大きな瞳は、まるで私の全てを分かっているかのように、ただ静かに私を見守ってくれている。

ミカにとって、その読みかけの本の上は、決して快適な秘密基地ではなかっただろう。

でも、その時の彼女にとっては、落ち込んでいる私のそばが、一番安心できる場所だったのかもしれない。

そしてそれは、私にとっても、ミカの温もりを感じられる、かけがえのない「秘密基地」になったのだ。

その日以来、ミカの秘密基地は、私にとって単なる「面白い場所」ではなくなった。

ミカが選ぶ場所には、ミカなりの理由があり、そこには彼女の小さな世界の平和と安心が詰まっている。

そして時には、私への無言のメッセージさえも隠されているのかもしれない、と思うようになった。

私たちの、終わらない宝探し

相変わらず、ミカは家中を秘密基地にしている。

先日なんて、在宅ワーク中にふと足元を見ると、私のスリッパの中に小さな前足をちょこんと入れて、気持ちよさそうに丸まっていた。

「ちょっと、ミカさん、そこは私のなんですけど…」と苦笑いしながらも、その可愛らしさに仕事の疲れも吹き飛んでしまう。

買った覚えのないAmazonの箱が、いつの間にかリビングの特等席に鎮座していることもある。

中を覗けば、たいていミカが満足げに眠っている。

その箱が、一体どこからやってきたのかは永遠の謎だけれど、まあ、ミカが幸せそうならそれでいいか、なんて思ってしまうのだから、私もすっかりミカのペースに巻き込まれている。

ミカのお気に入りの場所は、季節や気分によって変わるらしい。

夏はひんやりとした玄関のたたき、冬は日当たりの良い窓辺のキャットタワーのてっぺん。

そして、相変わらずの段ボール箱や、クローゼットの奥、本棚の隙間。

「今日の秘密基地はどこかしら?」

毎朝、ミカを探すことから私の一日は始まる。

それはまるで、宝探しのようだ。そして、ミカの小さな秘密基地を見つけるたびに、私の心には温かいものが灯る。

30代、未婚。時々、ふと将来のことを考えて不安になる夜もある。

でも、この小さな部屋で、気まぐれで愛おしい猫と暮らす毎日は、想像していたよりもずっと豊かで、幸せに満ちている。

ミカが教えてくれた、日常の中に隠された小さな喜び。

それは、どんな立派な家や肩書きよりも、ずっと私を支えてくれる、確かなものだ。

「ミカ、今日もいいお天気だよ。一緒に日向ぼっこしようか」

ソファで丸くなっているミカを撫でると、ミカは気持ちよさそうに目を細めた。

これからも、ミカとの秘密基地探訪は続いていく。

その一つ一つが、私とミカの、かけがえのない思い出となって積み重なっていくのだろう。

そう思うと、未来もなんだか悪くない、と思えるのだ。

窓から差し込む柔らかな日差しの中で、私はミカを抱きしめ、そっと微笑んだ。

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