子猫がくれた幸せのカタチ

春の陽射しが心地よい午後、美咲は近所の公園で子供たちとバドミントンを楽しんでいた。32歳、独身。都内の小さな出版社で編集の仕事をしている。忙しい毎日を送る中で、週末の公園でのひとときは、彼女にとって貴重なリフレッシュの時間だった。

「きゃはは!」

子猫がくれた幸せのカタチ

子供たちの無邪気な笑い声が、公園いっぱいに響く。美咲もつられて笑顔になった。ふと、茂みの奥から微かな鳴き声が聞こえた。

「ん?何の音だろう?」

ラケットを置き、音のする方へそっと近づいてみる。茂みを掻き分けると、そこにいたのは小さな子猫だった。生後間もないだろうか、まだよちよちとしか歩けない様子で、右後ろ足を庇うようにしている。よく見ると、足の付け根あたりが少し腫れているようだ。

「あらあら、どうしたの?」

心配になった美咲は、そっと子猫に手を伸ばした。子猫は驚いたように身をすくませたが、美咲の優しい眼差しに、警戒を解いたのか、小さな声で「にゃあ」と鳴いた。

抱き上げてみると、子猫は驚くほど軽い。まだ十分にミルクも飲めていないのかもしれない。怪我のせいか、体も少し熱っぽい。

「こんな小さな体で、痛かったね…」

美咲は、子猫の小さな体をそっと撫でた。温かくて、柔らかくて、まるで生まれたての命の塊のようだ。

「お家に連れて帰って、手当てしてあげたいな…」

そう思った瞬間、美咲の心に一抹の不安がよぎった。実家で一人暮らしをしているのだが、両親は揃って猫嫌いなのだ。以前、道で弱っていた猫を一時的に保護した時も、大反対されて結局里親を探すことになった苦い経験がある。

「また、反対されるだろうな…」

ため息が出た。それでも、このまま怪我をした子猫を公園に置いていくなんて、どうしてもできなかった。

「ごめんね、すぐにはお家には連れて帰れないけど…」

美咲は、子猫をそっと地面に下ろした。幸い、公園の隅にはあまり人が来ない茂みがある。そこで、しばらく子猫の様子を見ることにした。

急いで近くのコンビニエンスストアに行き、子猫用のミルクとスポイト、それにガーゼと消毒液を買ってきた。公園に戻ると、子猫はまだ同じ場所にいた。

「お腹空いたでしょ?」

優しく声をかけながら、スポイトでミルクを少しずつ与えてみた。子猫は、最初は戸惑っていたものの、すぐにミルクの味を覚えたのか、小さな舌で一生懸命に吸い始めた。その姿を見ていると、美咲の胸が熱くなった。

毎日、仕事が終わると美咲は公園に駆けつけた。子猫の足の怪我を消毒し、ミルクを与え、時にはそっと抱き上げて体を温めた。子猫は日に日に元気を取り戻し、美咲の姿を見つけると、小さな体で駆け寄ってくるようになった。美咲は、子猫に「ココ」と名付けた。公園の茂みでひっそりと出会った、大切な小さな命。

子猫がくれた幸せのカタチ

ココとの秘密の時間は、美咲にとってかけがえのないものになっていった。仕事で疲れた心も、ココの無邪気な姿を見ていると癒された。一人暮らしの部屋に帰っても、ココの温もりを思い出しては、明日も頑張ろうと思えた。

しかし、秘密はいつまでも守れるものではない。ある日、いつものように公園に行くと、ココの姿が見当たらなかった。

「ココ!ココ!」

美咲は焦って茂みの中や公園の隅々まで探したが、どこにもいない。不安が募り、心臓がドキドキと音を立てる。

「いなくなっちゃったの…?」

その時、近くのベンチに座っていた高齢の女性が、美咲に声をかけた。

「あら、猫ちゃんを探しているのかい?」

「はい!いつもこの辺りにいる子猫なんですけど…」

「ああ、あの子なら、さっき若い男性が連れて行ったよ。可愛がってくれるといいねえ」

美咲は、頭が真っ白になった。誰かがココを連れて行ってしまった。もしかしたら、捨てられてしまうかもしれない。考えただけで、涙が溢れそうになった。

その夜、美咲は眠れなかった。ココの小さな鳴き声が、何度も耳の奥で聞こえる気がした。いてもたってもいられず、翌朝、美咲は思い切って実家に電話をかけた。

電話に出た母親に、昨日の出来事を涙ながらに話した。公園で出会った子猫のこと、毎日世話をしていたこと、そして今日、誰かに連れて行かれてしまったかもしれないこと。

電話の向こうで、母親はしばらく黙っていた。美咲は、いつものように冷たい言葉が返ってくるのを覚悟した。

しかし、母親の口から出た言葉は、美咲の予想とは全く違うものだった。

「…そんなに辛い思いをしているなら、一度、連れて帰ってきなさい」

美咲は、自分の耳を疑った。

「え…?本当に?」

「ただし、ちゃんと世話をすること。私たちも、少しだけなら協力するわ。でも、もし飼えないようなら、きちんと里親を探すのよ」

母親の言葉に、美咲の目から熱いものが溢れ出た。

「ありがとう、お母さん…!」

すぐに公園に戻り、昨日ココを見かけたという女性に話を聞いた。幸い、連れて行ったのは近所に住む動物好きな男性で、保護したものの飼うことができないため、里親を探しているという。

美咲はすぐにその男性に連絡を取り、事情を説明した。そして、ココを自分の家で迎えたいと伝えた。

数時間後、美咲は小さな段ボール箱を抱きしめて、実家の玄関の前に立っていた。中には、少し不安そうに鳴いているココがいる。

扉を開けた母親は、少し緊張した面持ちでココを見た。しかし、箱から顔を出したココのつぶらな瞳と、小さな鳴き声を聞いた瞬間、母親の表情が少し和らいだように見えた。

「まあ、本当に小さな子ね…」

父親も、興味深そうにココの入った箱を覗き込んだ。

その日から、美咲とココ、そして少し戸惑いながらもココを受け入れた両親との、新しい生活が始まった。

最初は警戒していた両親も、ココの愛らしい仕草や、美咲に甘える姿を見ているうちに、 धीरे धीरे 心を開いていった。特に、退職して家にいる時間が長くなった父親は、ココを膝に乗せて撫でるのが日課になった。

「まったく、最初はあんなに嫌がっていたのにね」

美咲は、父親がココに話しかける優しい声を聞きながら、微笑んだ。

ココは、美咲にとって শুধু 大切な家族になっただけでなく、両親との間に温かい繋がりを運んできてくれた。猫嫌いだった両親の心を溶かし、家族の絆をより一層深めてくれたのだ。

春の終わり、美咲はココを抱き上げ、窓の外に広がる新緑を見つめた。あの日、偶然公園で出会った小さな命は、今、彼女の腕の中で幸せそうに眠っている。

「ココ、うちに来てくれてありがとうね」

美咲は、そっとココの頭を撫でた。温かい命の重みが、彼女の心を満たしていく。これからもずっと、一緒に幸せに暮らしていこう。美咲は、心の中でそう誓った。

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